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2008年08月27日

なぜ思いどおりに動かない?

英雄とは自分のできることをした人だ。
ところが凡人はそのできることをしないで、
できもしないことを望んでばかりいる。
             
       ロマン・ロラン(小説家)

どもども、勉強会の時とはまた考えが変わり、治療アプローチもまた違うアプローチになりつつある管理人です(笑)


最近は、勉強会に参加している先生やまた別の先生からもご質問のメールを頂いており、ありがたい限りです。うちの勉強にもなりますので★

また前回の勉強会で何人かの先生に名刺をお渡ししました。

遠慮なく、どんな質問でも、メールでご相談いただければ一緒に考えさせて頂きますので☆

こんなこと聞いてもいいのかな?自分で考えろとか言われないかな?とか深読みしなくて構いません(笑)
先生方が困っているのなら、そのままにせず、質問することも新たに一歩踏み出すことになるんじゃないかな、と思います。


うちだって知らんことだらけです。だから質問されることはすごく嬉しいです。他の先生はこんなこと考えてるんだ、ってことが分かりますし、自分が考えていないことを考えていたら、勉強になりますし。そして返事をするために自分なりに考察しないといけないので、うちにとってもいい機会なので★


ということでいつでもパソコンのメールなり、このブログの下に書いてあるg-mailに送って頂いても構いませんので★


ということで、最近思っていることを書こうと思います。しばらく(9,10月と)勉強会を開催できないので、自分なりに臨床で感じたこと、考えていることなどを皆さんにお伝えできればと思っています♪

そして若い先生方が多い、ということもあり、臨床上よく遭遇することについてお話できればなぁと思います。


では今回のテーマは
なぜCVAの患者さんの上下肢は全くor思いどおりに動かないのか?ということです。

自分の思っていることを全部出そうとすると何時間でも話せそうな内容なので簡単に?多分まとまりはないですが…思いついたままに話します。あくまで私見ですので…

CVAの患者さんでは、こと回復期においてはよく改善する場面に遭遇します。いわゆる自然回復も含まれます。

回復する、ということは脊損のように下行性線維が損傷しているために随意運動ができなくなっている、という訳ではなさそうです。本当に内包全てが障害されていれば別かもしれませんが…
臨床においては内包に障害があっても、改善する患者さんにも遭遇します。しかし脊損ではそのようにはいかないことが非常に多いです。そのため機能の残存している部分でいかに上手くADLに結びつけるか?ということが主要なアプローチではないでしょうか。

ここが中枢性の神経障害であっても、CVAと脊損の異なる部分ではないでしょうか。

中枢神経系は損傷した部分は今の所再生はしない、というのが大方の見方です(最近では中枢神経系も再生能力はあるがそれを通常では抑制している細胞がある、なんてことを前に新聞で見ましたが)、ただし脳は代行機能を持っています。残った皮質で新たに動作を獲得する可能性を持っています。シナプスの結合を再構築することができるんですね。

ただし回路の構築(学習)は必ずしもいつも良い方向にいくとは限りません。悪い方向にも学習してしまいます。これまでのCVA患者さんにあったような定型的な運動パターンもこれに当てはまるのではないでしょうか。

なぜ定型的なパターンが出現するのか?これについては細かくは話しませんが、以前うちの勉強会でdiaschisis(機能解離)の話しをした時にご説明しました。参加された先生は記憶の片隅に残っていますでしょうか?機能抑制された運動は単純でパターン化された粗大な運動(共同運動パターン)から解放されていきます。その時点でADL動作を学習してしまうことで、より強固なパターンが完成するのではないか、という仮説をお話ししました。


では何故定型的なパターンであれば動かせるのに、分離した、協調した、本人の思いどおりの運動ができないのか?という疑問にぶつかります。麻痺だから、と片付けてしまえばそれまでです。でもそれでは治療にむすびつきません。狙う的が広すぎますよね。

パターンであれ動かせるのであれば、下行性の運動線維はどこかしら残っているはずです。

じゃあ動かす、ためには何が必要なんでしょうか?

うちが大事にしているのは”動く感覚”です。

肩関節を動かしていることが分かるためには肩が、
肘関節を動かしていることが分かるためには肘が、
股関節を動かしていることが分かるためには股が、
足関節を動かしていることがわかるためには足が、

動いている感覚が同時になければ、自分で動かしている、という感覚がないんじゃないかと感じています。

多くのある程度随意運動が可能な患者さんでもこの感覚が認識できない方もいます。つまり視覚的に動かしていることを確認しているんじゃないかと思います。

前の勉強会でもお話ししたように運動と感覚は同時に生じています。
動かそうとする意図と動いた感覚が同時に生まれ、それが自分が自分の身体を動かしている、と実感できるんだと思ってます。

患者さんではその運動と感覚にズレが生じています。だから(病前と)違う、変、もどかしいと感じているのではないでしょうか?

だから共同運動パターンや連合反応がみられる患者さんでは視覚的に動いているのは分かるんだけれども、動かしたいようには動かない。手首を動かしたいのに肩に力が入ったり、肘が曲がってしまったり。

これをどう考察していくか、仮説を立てていくことができるか、によってアプローチが変わります。


・各関節の運動感覚がない(運動感覚って…深部覚でもありますがこれにも色んな要素が関与しています、これについても細かくはまた今度)。それぞれの関節の動く感じがないのであれば動かしようも、動いた時の感覚も分からないのではないか

・連合反応に気づいていない。気づいていないのには注意が向いていない/向けられない、向けるべき感覚がどんな感覚かが分からない、前述した運動感覚がない、などが考えられます

・単関節であれば注意を向け、知覚することができるが、動作場面になると多関節の同時制御ができない。例えば上肢挙上では肘を伸展保持したまま(曲がらないように注意を配分しながら)、さらに肩関節の制御、また勉強会でお話ししたような予測的・持続的な体幹の制御までもが要求されるかもしれません


また上記のように体幹や他の部位の予測的な安定性の制御ができていなければ、バランスをとるためにも注意を向けながら遂行しなければならず、運動したい部位への注意はより向きにくくなってしまうかもしれません。

注意は、目に見えないのでこれを評価していくことが非常に難しいですし、うちも患者さんとの会話や動きの中から仮説を立てていくことしかできないです。

CVAの患者さんは自己の運動パターンで日常生活を送っていく中で、それが自分の当たり前の上肢や下肢の動きとして学習していく危険があります。
そのため潜在的には感覚が残存していたとしても、その感覚に注意を向け、感じることがなければ、注意を向けることも難しくなるでしょうし、それが結果としては感覚障害として現れている可能性もあるんじゃないでしょうか?


ということで長々と書いていたら、1時半になり、明日の仕事にも影響が出そうなので、今日はこれまでにします。

またぼちぼちと更新していきますので、また皆さんのご意見をいただけると、それに沿った内容も盛り込めると思いますので、またご意見よろしくお願いします。

ではではおやすみなさい…
posted by 管理人 at 01:30| 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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